3/21追記:礼拝

「新しくする力」マタイ伝9章14節~17節

今年度も残すところ十日程となりました。昨年計画されていた卒業生大会が延期されながらも こうして新しい試みで開催できましたこと、ご尽力いただいた全ての方に感謝しています。

わたしは女子部を卒業して2年後に牧師である夫と結婚し、職業を持ちながら、教会の中やキリスト教社会で働いてきて今に至ります。今日はこの場での礼拝をさせていただく機会に感謝いたします。 来年度の南沢会発足に、そして新たな計画や目標を掲げて歩み始める この時に、私が抱く思いを分かち合いたいと思います。

聖書は、「断食についての問答」というタイトルのついた箇所から読みました。「だれも織りたての布から布切れを取って、古い服に継ぎを当てたりはしない」という言葉も、「新しい葡萄酒を古い革袋に入れる者はいない」という言葉も、その言葉自体はよく引用されたり覚えられたりしていますけれども、これが断食についての質問に答えた言葉であるとは、だれも思いはしないだろうと思います。この箇所は初代教会の福音記者たちが、様々な思いをもって利用しようと編集されているわけですので、その編集の意図とは別に、本来のイエスの言葉を賢く切り分けて考えてみようと思います。

そこでイエスが語った言葉を取り出してみると、3つの非常に似通った形式の言葉が浮かび上がってきます。
「花婿が一緒にいるのに、断食をするような婚礼の客はいないだろう」
「新しい布切れで古い服に継ぎ当てをするような人はいないだろう」
「新しい葡萄酒を古い革袋に入れるような人はいないだろう」
この三つの言葉をイエスは語っているわけです。これらの言葉はどれも、当時の社会では当たり前の一般常識です。当時のユダヤ社会では断食という宗教的な行為が非常に重んじられていましたが、婚礼においてはその断食という宗教的な務めは免除されます。むしろ婚礼の席で、その喜びの宴の最中に断食をするのは、大変に失礼なことでさえありました。 また織りたての布を 古い服と縫い合わせないというのも、当時の常識でした。織りたての布という言葉は 文字通り訳せば、さらしていない布という意味です。織りたての布は水にさらすと必ず縮みます。当時の布は、おそらくその縮みも激しかったのだろうと思われます。縮んでいない新しい布で、もうすっかり縮んだ古い布に継ぎを当てると、縫い合わせたその時はいいけれども一度洗うと継ぎを当てた部分の布だけが縮んでしまって、古い布を引き裂いてしまうわけです。これも一般常識でした。

それからこれは私たちにはわかりにくいことですが、当時はガラスの瓶などというものがありませんから、葡萄酒は皮を縫い合わせた袋に入れておきます。すっかり発酵の進んだ葡萄酒は古い革袋に入れても破れはしませんが、発酵しているまっ最中の葡萄酒は、どんどん炭酸ガスが出てきますから 古い硬直した革袋に入れて密閉すると はじけてしまうわけです。だから新しい葡萄酒は これからまだ伸びる余地のあるしなやかな新しい革袋に入れて保存し、熟成させる。これも当時の常識でした。イエスはこれらのいわば当たり前の常識を3つ並べて何をいわんとしたのか、ここがポイントです。

3つの常識を並べて、あなた方も常識通りふるまいなさい、と言われたのでしょうか。うかれた婚礼の席で断食をするなどと言うような へそ曲がりをやると嫌われるからやめておきなさい。古い伝統文化の中で、何か新しいことを言ったりやったりすると大変な騒ぎになるから やめておきなさい。イエスはそう言おうとされたのでしょうか。まさかそんなはずはないと私は思うのです。イエスはむしろ、常識を打ち破り、伝統的な慣習、言い伝えを乗り越えて、新しい人間のありようをお示しになられたお方でした。

「新しい葡萄酒を古い革袋に入れるような人はいないだろう」。でも私はあえてそれをやらかすのだ。イエスはそう言われたのだろうと私は思います。生き生きとした命の躍動によって、新しい葡萄酒が古い革袋を破るように、硬直した社会の枠組みを打ち破ってゆかれる方でした。

イエスの後に従うという時には、まず第一に、引き裂き、打ち破り、かなぐり捨てるといった行為を要求されるのです。そしてイエスは、ご自分がそうしてみせることによって、そうやって新しい生き方をお示しになることで、私たちに古い服を打ち破り引き裂きかなぐり捨てる、その勇気と力を、励ましを与えてくださっているのです。

戦争に明け暮れ、人間の独りよがりな文明によって創造の秩序が壊され、踏みにじられた20世紀、いま21世紀は、相次ぐ災害や原発事故、未知のウイルスにおびえ悩み戸惑う日々を強いられています。 だからこそ私は神の新しくする力を期待し、希望せずにはおれないのです。私たちは旧来のモノをそのまま持ち越してゆくのでしょうか。伝統や慣習をそのまま後生大事に引きずっていくのでしょうか。

「新しい葡萄酒を古い革袋に入れるような人はいないだろう」。イエスがそう言われたのは、あなた方はそんなバカなことをしないようにということではないのです。わたしがそうしたように、あなたたちもそうしてみなさい。「神の新しくする力」に信頼して、そうしてみなさい。きっとイエスはそう呼びかけているのです。

私たちは間もなく新年度に新しく南沢会を発足させようとしています。忖度せず、わきまえることをせず、互いに尊重し合い、新たに活き活きと始めなさいと促されているように思います。この大きな節目の年を迎えるにあたり、わたしは「すべてのものを新しくする」その神の力を改めて確認し、確信したいと願い、皆様と共に神と共に新しい歩みを始めたいと思います。

[お祈り] 主なる神さま。この困難と忍耐を強いられる日常の続く中でも、私達は知恵を尽くし今、卒業生会を開こうとしています。どうかあなたも共にこの場にあって、私達の決意や思いを祝福し、新しい歩みに力強く押し出してくださいますように。この場を分かち合うことのできない同志同学同行の多くの友の上にもあなたが豊かに臨んで下さいますように。
主イエスキリストの御名によって祈ります。アーメン (女子部 66 回生・深佐和)

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